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TarotG3のブログ

空転 ~後編~


さて昨日のお話の後編です。
時は20世紀末、「せいきまつはしゃ」と入力したら「世紀末は車」と出たあほ変換ですが、意外とこれは車の話なので的を得てる気がしてきました。
分けのわからん前置きはどうでもいいので始めましょう。

前回までの荒筋
志賀高原へと向かうセリカ、使い古したスタッドレスは役立たず、ネットチェーンもこれまた役立たず。しんがりを走っていたので完全に夜中の吹雪の峠に置いてきぼり

◆空転 ~後編~

 夜中2時の吹雪の峠には通る車もありませんでした。戻るわけにも行かないので、こういう時は、とっておきの奥義を使いましょう。
それは上りの雪道に弱いFF車の駆動輪に、トラクションが掛かるようにバックで進むというわざです。
話にしたことはありますが実際やるとは思いませんでした。
見事に車は峠を登り始めました。。。が、それもつかの間・・・
三たび車は上がれなくなってしまいました。

またしても絶体絶命…

こうなったら最後の究極奥義を出すしか無い・・・コレがダメだったら為す術なし。
その究極奥義は、

ボンネットに2人乗る!です

運が良いんだか悪いんだか、おあつらえ向きにこのセリカ、リトラクタブルライトなので、そこに後ろ向きでまたがって乗ることができました。
左右のライトに私ともう一人がまたがって、究極奥義で発車!
お~見事合計130キロあまりのウエイトは駆動輪にトラクションを蘇らせました。

 夜中の猛吹雪の峠道をほとんど変態としかいいようの無い車は登っていきます。
少し坂がゆるくなったところで車が止まると、ドライバーが、「交代しましょうか
と言う、実はめっぽう寒さには弱い私は半ばドライバーは「いいな~」と、ほんの少しだけ思っていましたが、車に乗せてもらってる身なのと、初対面だったのとで遠慮してたんですが、何度目かの申し出をありがたく受けて運転することになりました。
窓あけっぱで後ろ見ながらとは言え、暖房最強にすれば外よりはマシでしょう。

ところが運転が死ぬほど大変なんです。
まずバックミラーで後ろを見て走るのは真っ暗で曲がりくねった峠道ではほぼ無理
なので窓から顔を出して運転するのですが、ちょっとくらいならいいですよ。
ずっととなると体をねじって半身を乗り出し、首を捻って後ろを向きながら
ハンドル握ってアクセル踏むんです、しかも峠の上から容赦なく吹き付ける吹雪に向かって顔をだすんです。はっきり行ってボンネットのほうが楽。なんせ吹雪に対しては背を向けて、ただライトにまたがってるだけなんで、寒さに耐えればいいだけです。
運転の大変さがわかったのでここは3人で交代しながら行くことにしました。
どのくらいこの状態で走ったでしょう。
明け方近くなると他のスキーヤーの車がチラホラ現れだしました。我々を追い越していく人たちは一様に、ぽかんと口をあけてこちらを凝視して通り過ぎていきます。

あたりがかなり白み始めた頃、いつまでたっても現れない我々を探しに来た仲間の車が峠を下ってきました。そしてこっちを指差して大爆笑していました。

の気もしらんでバカヤロ~

その後救出に来たレガシーの高級鉄チェーンを借りて何とか宿までたどり付きました。
ただし到着に3時間近く遅れた、我々は仮眠無しでスキーに挑むことになりました・・・

リトラクタブルライトの車がめっきりなくなった今日この頃、峠で死にたくなければリトラクタブルライトに限りますよ・・・

~Fin~
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空転 ~前編~

◆ヤフーブログ終了に伴い、まるで沈没するタイタニックの様に、逃げ場を探して大慌ての日々です。船上で演奏し続けた楽団の様に優雅に行きたいものですね・・・
なんて言って、真っ先にボートに乗るタイプです・・・(汗)

そんな日々に昔話をどうぞ

◆空転 ~前編~

 話はまだ上信越道などない時代です。
志賀高原にスキーに行くことになりました。
メンバーは友達の友達で広がった15人位で、知っているのは3~4人でした。
私は一度もあったことのない友達の友達が私の家まで迎えに来てくれることになりました。
その友達の友達は友達と2人で※注1)「流面体」のキャッチコピー時代のセリカ注2
に乗ってやってきました。


注1)つまり私の知らない人で、その2人は友達ということ
注2)発売時ディーラーに見に行って車内に乗り込んだらドアの開け方が分からずしばし出られなくなったのは秘密です


夜の9時位に出発して集合場所の関越自動車道のSAに今回のメンバー全員が車5台に分乗してそろいました。
上信越道がない時代、志賀高原に行くには、関越を渋川伊香保で降り、ひたすら下道を走ります。
この時代に志賀高原日帰りをやったことがありますが死にました。

さてひたすら下道を走って夜中の1時とか2時くらいだったでしょうか、志賀高原へと続く恐ろしく急な峠に入る頃です。すでに雪は降り始めていて路面は圧雪された雪の上に、新たな雪が積もっている一面の銀世界でした。
今回の5台の車は、パジェロが2台、レガシー、スターレット、そしてセリカでした。
皆がスタッドレスを履いているのでそのままに向かいます。
峠の勾配がどんどんきつくなるとともに、雪も吹雪のように激しくなります。

しばらく進んでいくと、前の車との車間が徐々に離れていきます。
「くっつきすぎて前の車がスタックしたら逃げられなくなるので、車間を開けるとは・・く~さすが雪道慣れしてるな~」と一人唸っていると
ドライバーが何やら必死の形相で「す・すべる…」とつぶやいていました。
何度かそうつぶやくと、ついにタイヤが空転して前に進まなくなりました。
なんで?
実はこのスタッドレスかなり古いもので効果がガタ堕ちだったんです。
後で思うとなんで4駆の車を先頭にFFのセリカが最後尾を走ってたんだろうとおもいました。
真夜中の吹雪の中我々の車が止まってしまったことなど、誰も気づいていませんでした。するとドライバーは「大丈夫、チェーンも持っていますから」と、ネットチェーンを取り出しました
装着にちょっと時間を食ってしまったが、コレで一安心。再び志賀高原に向けて走りはじめました。

ところが10分も経たない内に、ドライバーが「だめだ・・・」とつぶやいています。
再びタイヤは空転をし始め、再び止まってしまいました。
なんで? 
実はこのネットタイプのチェーン、スパイクなどの滑り止めがない、街乗り用とでも言うんでしょうか、少し積もった雪くらいにしか使えない代物でした・・・
この頃携帯電話は持っていませんでした。仮にあっても圏外だと思いますが・・・

絶体絶命!どうなるセリカの3人!

つづく はず

時の過ぎゆくままに・・・

時は誰にも分け隔てなく、同じだけ同じスピードで積み重なっていく。
自分が積み上げた時の膨大さには案外気が付かず、他の者が積み上げた同じだけの時を見せられた時に、過ぎ去った膨大な時の重さを知ることになる TarotG3(汗)

◆さて久々のお話の時間です。
ちょっと長いですが、お付き合いください。
 
 その電話は、高校時代のバンド仲間のNからだった。
「金曜の夜に合コンやるから来て」というものだった。男側は同じくバンド仲間の
E藤と私と電話のNの3人で、女性側はNの幼馴染のA子とその友達2人ということだった。
A子とは、何回か会った事があり、みんなで飲みに行ったりライブに行ったりした事も有った。ヘビメタ系ロックのファンなので、音楽の話では大いに盛り上がる。ファッションもなかなかのヘビメタっぷりであった
そのA子の友達ということは、あとの2人もメタルクィーンと言う可能性も十分ありそうで、会社帰りのサラリーマンスタイルの我々とは、かなりコントラストのきつい
合コンになる予感がした。

 1時間ほど遅れた私が席に通されると、期待したメタルクィーンの揃い踏みの光景はそこには無かった。A子はいくらか薄まったが、ヘビメタ感は健在だったが、友達のB子は、白のワンピースが似合うどこから見てもお嬢様のような、ヘビメタとは真逆な娘でした。もう一人のC子はジーンズの似合うスポーティーなスタイルで、三者三様の出で立ちであった。
2人はA子の大学時代の友人で、白のワンピースのお嬢様B子は、なんと来月結婚式を控えていると言う。横浜のほうに嫁いでしまうので、その前に地元の友達と盛り上がろう というのがこの会の本当の趣旨だったようだ。

 どんな話で盛り上がったかは覚えていませんが、気がつくとそろそろ終電の時刻が迫っていた。地元で自転車で来たN以外の5人は、たまたま同じ路線の同じ方向だった。するとまだ飲み足りないのかNは「みんないっぺんに居なくなっちゃうのかよ」と不満を漏らした。
私とお嬢様B子は、家が近く同じ駅でしたが、タクシーで帰ったら5~6千円は掛かる距離だった。するとNは「車で送っていくから」※飲酒運転は法律で固く禁じられています
と言う条件を出してきた。結局明日仕事のあるA子とC子、そして唯一の既婚者だったE藤は、終電で帰り、私とNとB子の3人で店に残った。

 それから1時間余り飲んだ夜中の1時少し前に閉店時刻となり、店を出てNの家まで自転車を押して3人で夜中の街を歩いた。
すると程なく雨が降り始めてきた。NはB子に自転車を渡すと
「濡れちゃうから、この先の左側にある電車のガード下で待っていて」と言った。
B子は言われるがまま、自転車を漕いで走って行った。
雨は次第に強さを増してきたが、5月の雨は冷たさよりも心地よさを感じられた。

Nの言ったガード下とは、当時できたばかりの道路が線路をくぐるアンダーパスでした。確かに雨宿りにはもってこいですが、今考えると、夜中のそんな場所は刑事ドラマだったら必ず悪人に襲われたり挟み撃ちにされる場所だろう。

 雨の中20分ほど歩くとやっとアンダーパスの道にでた。坂を下って線路下に行くと、そこにはB子の姿はなかった。途中で抜かしたとは思えないので、曲がらずにまっすぐ行く道と、アンダーパスの反対側に手分けして探したが見つからない。
来た道を駅まで戻って探したが見つからなかった
今度は駅の反対口と今来た道に分かれて探したが見つからない。
依然雨は降り続け、2人は濡れ鼠のようであった。結婚式を控えているB子に何か有ったらと嫌な予感に襲われる…

 Nが歩いて探しても埒が明かないので、「家まで帰って車を取って来る」と家へと向かった。するとNが「あっ!」と叫んだ。「見つけたか!」
「いや。違う。家の鍵がない
なんとNと私の鞄はB子が乗って行った自転車のカゴに入っていたのであった。

 それから何度駅までの道を往復しただろうか、相変わらず雨は降り続けている
午前3時を過ぎた頃、Nが、「確か2階のベランダの窓は鍵を締めていないはずなので、そこから家に入って車で戻ってくる」と行って、家へと向かった。
泥棒に間違われないことを祈りながら、私は何度目の往復となるのか雨の中を歩いた。
1時間ほどしてNが車に乗って戻ってきた。さっきまで20分掛かった駅までもあっという間に着くことができる。すでに雨は小降りになり、空は白み始めていた
大通りを何度か往復したがやはり見つからないので、細い路地へと入っ行った。
地元のNは慣れたハンドル操作で裏道を走った。
すると前から傘を差した女性が自転車を押して来るが、傘は無いはずなので、通り過ぎようとしたが、すれ違いざまに顔を見ると、
なんとそれは ずっと探していたB子だった。

 家へと向かう車の中で、何が有ったのかを尋ねると、
あの時別れた所から2~3分の所に、実は高架があるのであった。それは道路が線路の上を越える高架でその下にいるとは思いつかなかった。
B子はしばらくそこで待っていたのだが、いつまでたっても我々が現れない。歩いても3分くらいのところなので、そんなに時間が掛かるわけも無いので、我々を探しに、来た道を戻って探している内に、初めての土地で迷子になってしまったらしい。
傘は早い段階で親切な人が貸してくれたそうだ。

とりあえず何事もなかったのが幸いではあった。
B子を家まで送り、私が家に着いたのは6時をすでに過ぎていた。

それから彼女たち3人とは、一度も会うこと無く時だけが過ぎていったが、
あの日のことは忘れることはなかった。


 その日は天気予報通り大雪となった。こんな日に飲み会をセッティングしたNを呪いながら、積もる雪に足を取られながら居酒屋に向かった。
部屋に通されると来ていたのは、E藤1人だけで、久々に会うはずだった他のメンバーはこの雪で来れなくなり、後はNとその連れが何人か来るだけになったとのことだった。
しばらくすると、Nが女性二人を連れて現れた。一人は予想通りあのヘビメタのA子であったが、25年の月日はすっかりヘビメタ感を消し去り、あの頃のA子とは別人のようだった。もう一人はと言うと・・・

そうです。25年前雨の中を探し回ったB子であった。
C子こそ居ないが、25年前前のメンツが再び顔を合わせました。

片時も忘れることの無かった私は、懐かしそうにあの時のことを話すのだが、
皆いい加減なもので、あの時のことをちゃんと覚えていたのは私だけで、
そう言えばそんなことが有ったという感じでした。
A子に至っては、その日初めて聞く話だというではないか。

横浜で暮らしているB子が、なんでこんな雪の日にこっちにいるのかを聞くと、
明後日、娘が結婚式を挙げるということだった。結婚式に祖父母を車で連れて行くために実家に帰省しているのだそうだ。

 あの雨の夜のことが常に記憶の片隅にあった私は、つい少し前くらいの時間の感覚でいました。
でもあの日から積み重ねた25年という月日は、一人の女性を母親にし、その娘が嫁ぐほどの膨大な時を積み重ねていました。


お付き合いくださりありがとうございました。








初詣の思い出

◆今年もひと月を切りました
この時期になると思いだすことがあります。

高校時代のことです。中学校の時の友人とよくサイクリングに行きました。
高校2年になる時の春休みに、友人のSと二人で富士山まで行きました。
朝5時に出発し、津久井湖を抜け道志村を抜け、山中湖に付いたのは午後5時でした。
泊まるところは、ユースホステル(略してユース)です。詳しくは調べてくださいね
ユースとは、会員になれば誰でも泊れる低料金の宿です。
部屋は基本的に相部屋で二段ベッドが狭い部屋に並ぶ合宿所のような雰囲気です。
宿泊者同志の交流を深めるために、食事の後は、ミーティングというレクレーションタイムが有ります。
一人づつ自己紹介をしたり、フルーツバスケットや、椅子取りゲームみたいなことをして遊びます。
ペアレントと呼ばれるユースの方が仕切る場合と、ユースを泊まり歩くヘルパーさんと呼ばれるベテランユース利用者が仕切ることも有ります。
ベテランだけ有ってゲームもいろいろなモノを知っていて、負けた時の罰ゲームも楽しめる内容のものが数多くあり、毎日違うゲームで楽しませてくれます。

大体の宿泊者が学生が多く、サイクリングで来ているグループも多いので、相部屋の人ともすぐに打ち解けてアットホームな雰囲気の宿でした。

◆ 

 その年の大晦日から翌年に掛けて、初詣に鶴岡八幡宮にサイクリングでいくことになりました。
今回はの他に、サイクリングをともにするのは初めてのの3人でいくことになりました。
富士山などと違って峠越えが無いので割りと気楽な旅ですが、寒さだけには閉口させられました。
平坦な道を80キロ程度なので、宿に着いたのもまだ明るい時間でした。
今回の宿もユースなのですが、ココはホテルが経営していてホテルと同じ建物内にありました。
今回の部屋は8人部屋で、われわれ3人の他に。前日からすでに泊まっていた高校生の3人組と、40歳位の父親と10歳位の男の子の3グループでした。高校生のグループとは歳も同じだったので、すぐに打ち解け合いました。
親子の父親もとても穏やかで温かみを感じる、人の良さがにじみ出るような人でした。関心なのは、子供もしつけがしっかりしているのか
騒がず礼儀正しい良い子でした
 実は旅の途中で友人のが頭痛を訴え、宿に付いて熱を測ると38度ありました。
とりあえずKをベットに寝かし、どうするか相談していると、親子連れの父親が、薬を持っているので、これを使いなさいと言って飲ませました。
人の親切はこういうときほどありがたいものです。
私達はしばらく部屋でKを見守っていましたが、その父親が、「私はずっとココにいるから、君たちもどこかで遊んでくればいいよ、誰もいないより、私でもいれば友達も安心するだろう」と。
ありがたくお受けして部屋を後にしました。外は海くらいしか無く寒いのでホテル棟のゲームコーナーでしばし遊んでいました。

しばらく10円ゲームで遊んでいると、同じ部屋の3人組の一人が慌てた様子で私たちに近寄ってきました。
彼が言うには、部屋に置いてあった財布が盗まれた と言うものでした
我々も部屋に戻ると部屋にはKが寝ているだけでした。親子の姿はありませんでした。
3人組は3人共荷物の中に財布を入れていたそうで、3人共なくなっていたんです。
私とSは財布は持ち歩いていたので大丈夫でした。
Kは寝ていたのですが、起こして話を聞いてもなにも気づいていなかったようです。
Kは荷物の横で寝ていたので、財布は無事でした。

親子が現れるのを待ちましたが、結局現れることはありませんでした。
考えたくはないですが、そういうことだったんでしょう。
大晦日の寒風が一層寒く感じる出来事でした。

変貌について

秋の夜長にお話しをひとつ
「変貌」

 時とともに人の容姿や性格なども変わっていくものですね。
結構驚いた変貌は、高校時代の超真面目で内気な女の子が、
同窓会でピース(両切り)を吸っていたことでした…彼女に何があったのか?
 二十歳頃の話です。
近所を歩いていると、突然パンチパーマにほっそ~い口ひげのあんちゃんに声を掛けられました。
昔こういう感じの方に、お金を貸してくれ と言われた思い出がよぎりました。
相手はなぜか手にチャンバー(2サイクルバイク用のマフラー)を持ち白いつなぎを着ていました。
誰だろうと記憶をたぐり寄せますが、こんな押出の強い知り合いは、と~ンと心当たりがありません。

そんな私の迷いなんてお構いなしに、ガンガン話しかけてきます
因縁や脅してくるようには思えないし、話し方もごく親しげです。
でもココで安心してがードを下げた瞬間に
「ちょっと金貸してくれないか」 
などと切り出してくるのではと、きっとかなり不審そうな顔をしていたんでしょう。
相手が「あっわかんない?、オレだよ、Yだよ。」と自分から名乗りました。

名乗った名前は覚えています。何しろ幼稚園から中学まで一緒だったんですから、
でもその名前と目の前の人物がどうしても一致できませんでした。
中学卒業以来一度も会っていなかったのですが、私の知っているYは、とてもひ弱泣き虫で、いじめられっ子でした。
話をしていると、どうやら本人と分かりましたが、あまりの変貌にただただ驚くばかりでした。・・・・
 30歳半ばの頃だったと思います。会社帰りのバス停でのことでした。バス停に並んでいると突然声を掛けられました
「久しぶりだな~」と、誰かと思い相手を見ると、クタクタのスーツに銀縁メガネをかけ、髪の毛はかなり後退して額も眩しい、私より少なくとも10は年上の感じの、疲れきったサラリーマンがいました。
昔パチンコ屋で「全部すっちゃったので電車賃貸してくれない」
と言ってきたおっさんを思い出しました。

誰だろうと記憶をたぐり寄せますが
全く思い出せません。そんな私の斟酌には、お構いなくガンガン話しかけてきます。私は完全に「どなたですか?」と聞くタイミングを逸してしまい
なんとなく話を合わせる内に手がかりをつかもうと試みました。
話していると老けて見えたがどうやら同級生のようである。
そうなると候補はかなり絞られる

でもわからない。大体近所の知り合いはこれほどわからないはずもないので、少し遠目の人物を思い出してみると、該当するのは一人だけ。その人物はあまり親しいわけでも無く、私の降りるバス停よりかなり先に住んでいた。
昔は野球部の爽やかなイケメンだったのだが、こういう変貌を遂げたのであろうと思うしか無かった。でもなんか釈然としない?

10分あまりの時間をうまくごまかしながら会話を合わせた私は降りるバス停が近づきホットする。
「じゃ~オレはココで降りるから」と別れようとすると。相手は怪訝な顔で、なんと一緒に降りてきた。
えっ?あいつでもない!

Who are you? 
 
じゃあ!と別れたその人物は、道を渡ったすぐそこの家へ入っていった。
えっ?あいつは・・・・・

なんとその冴えないサラリーマンは、Yだった。
そう二十歳の頃パンチパーマのYであった。

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